「夏とは単なる季節ではない、それは心の状態なんだ」 作家の片岡義男さんの小説のフレーズ。
フォトグラファーnoBuです。
まだ暗い午前三時。
ガレージからメルセデスを出すと、滑るように国道を走りはじめる。
スライディングルーフを開け、サイドウィンドゥも開け放つとジトッと湿った空気が車内に充満する。
空冷のポルシェ911にも似た感触のステアリングを握る手が、いっきに汗ばむ。
クルマもまばらな国道をひたすら東へ。
椅子の形をしたパワーシートのスイッチを人差し指ではじきながらシートポジションを微調整して、これから迎え撃ってくる数えきれないほどのコーナーに備える。
オレンジ色の光が辺りを包むワインディングをオートマティックのセレクターレバーを巧みに動かしながら、軽くテールスライドさせながら駆け抜ける。
10年前の夏。
毎晩のようにポルシェ914で走ったこの道を、10年のときが過ぎた今メルセデスで走っている。
ひとつひとつのコーナーを、あのころよりも少し丁寧に、かつ滑らかにクリアしていく。
ただひたすらにアクセルペダルを踏み付けることしか知らなかったあの頃。
おかげで危険な思いも、タイムを落すことも味わった。
ライン取りなんて考えたこともなかった。
最短距離だと信じたイン側に無理して食い付いてへばり着いて走っていた。
がむしゃらに走り続けていた。
あの夏から10年。
10年という時間をかけて走り抜けてきた道のりは、その距離と比較して時間は短かったように思う。
ずいぶんとあっという間だったようにも感じる。
今はきちんとライン取りを考えて早目にブレーキング、シフトダウン。
コーナーのアウト側からクリッピングポイントを刺すと、そこからジワリとスロットルを開ける。
コーナーのインからアウトへ、軽いテールスライドを楽しみながらも安定した姿勢を保ちながら徐々にアウトへ抜けていく。
常にまだ見ぬ先のコーナーを予想しながら、今の己のドライビングをコントロールする。
このコーナーを抜けると峠の頂上だ。
ここまでたどり着くまで、雨もあった、霧で前が見えないときもあった、雷もあればうだるような暑いときもあった。
でも、今はこうして満足のいくドライビングを楽しめるようになった。
そして夜が明けはじめた。
峠の頂上から眺めた空の先には、朝の光がキラキラと輝いている。
がむしゃらに走っていたあの夏。
ただひたすらに駆け抜けてきたあの夏。
走ることしか、今の自分には出来なかったあの夏。
まだいける。
いや、これからが本番じゃないか。
これからまだまだたくさんのコーナーを駆け抜けていくんだ。
10年前の夏。
あの日かいた汗を、今もかき続けている。
あの日走った道が、今のこの道に続いている。
30年目の夏が、もうすぐそこまで来ている。
あのころと同じように、明日にむかって走り出す夏が始まろうとしている。
夏とは単なる季節ではない、それは心の状態なんだ。
テーマ : 生きること - ジャンル : 心と身体
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