記憶はいつか美化される。しかし、美化された記憶以上に美しくもはかない現実の記録もある。
恋のパーマネントトラベラー、フォトグラファーnoBuです。




「その、愛の記録」


15年前に愛した女性が居た。

あるとき、その女性から「カメラを買いたいのだけれど」と相談を受けた。
15年前はまだデジタルカメラがあまり実用的では無かったし、あまりに高価だった。
そんな彼女に勧めたのが、KYOCERA T zoomだった。
Carl Zeiss大好きな僕らしい選択。

15年のときを経て今、今日からそのカメラが僕の手元に在る。

とても綺麗に大切に扱われてきたことがわかる傷一つ無いカメラ。
裏蓋にほんのりとファンデーションの跡があるのが、たまらなく愛おしい。

久々に会った彼女の、もともと細い肩がさらに細くなって、なんともいたたまれ無い気持ちになった。

自室に持ち帰って電池を入れる。
軽やかなモータの音とともにカメラが動き出す。
あの頃の僕たちは、このカメラのモータの音のように、軽やかに、でも確実に、ともに歩み時を刻んでいた。
掛け替えのない幸せなときを。

暦の上だけでは無い、手触りのある春が、もう直ぐそこまで来ている。
このカメラにフィルムを詰めて、その春を鮮やかに撮ろう。









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2017.03.16 
高校生の頃に僕が初めて使った一眼レフは叔父がサンフランシスコに居た頃に使っていた黒いNikon F2 Photomic Aだった。叔父はアメリカではニコンをナイコンと呼ぶんだと教えてくれた。
フォトグラファーnoBuです。



I got a Nikon camera
I love to take a photograph
So mama don't take my Kodachrome away

僕はナイコンのカメラを手に入れたんだ
僕は写真を撮るのが大好きなんだ
だから母さん僕のコダクロームを取り上げないでくれよ

昔はフィルムの箱には必ず露出の目安が文字やイラストで書いてあった。
フルマニュアルのカメラでも、その表を見ながら絞りとシャッタースピードをセットすればしっかり写真を撮れた。
オート露出よりもむしろ正確な場合もあった。
オート露出が当たり前の昨今は、コストダウンの為かフィルムの箱からその表が消えた。
新たにフィルムカメラを始める後輩に贈るNikon FG-20の裏蓋には、昔懐かしいフィルムメモを挟む場所がある。
そこにこんなメモを挟んで贈る事にした。
標準露出換算法。
カメラマン渡部さとるさんの「感度分の16」を記入したコダクロームの箱風のプリント。

僕のコダクローム。








2017.02.13 
彼のオートバイ、彼女の島は片岡義男さんの有名な小説。ちなみに片岡義男さんは写真も大好きで「撮って、と被写体が囁く」という私的写真論も出版している。
フォトグラファーnoBuです。



フィルムカメラを始めたいと言うシルバーのNikon Dfを使う都内の後輩カメラマンのために、先日買ってきたNikon FG-20シルバー。
僕の大好きなパンケーキAi NIKKOR 50mm 1:1.8S付き。

レンズはカビカビ。
5群6枚構成のうち絞りから後ろの2群3枚は綺麗になったけど、前群の3群3枚がユニットで接着されていてどうにもバラせない。
ちょっとカビ跡あるけど周辺だし分解は簡単だから後日じっくり楽しもう。
絞りの動きも引っかかるので徹底的にクリーニングして滑らかに動くようにしてからドライ潤滑。
外観を綺麗に仕上げてNikon純正フィルターと純正フードのHN-3を装着。本当は45mm 1:2.8P用のHN-35が似合うのだがメーカー在庫無し、ヤフオクなどだとフードが7千円とかプレミア価格。
35mm用のHN-3だと50mmには浅いけど、せっかくコンパクトなレンズなのだから、HS-9みたいな大きなフードは無粋。

Nikonさん、HN-35をリバイバルしていただけませんか?

このレンズは先月後輩カメラマンに送ってすでにDfと一緒に活躍しているし、僕もすでに1本持っているし、最短60cmの寄れないSeries Eの方はだいぶ前に九州でフィルムカメラを欲しがっていた友人にFEと一緒にあげてしまった。
個人的には今川焼だと思うけれど、巷ではパンケーキと呼ばれるくらい薄型で、しかも開放2.8程度で最短60cmまでしか寄れない物が多いパンケーキの中では贅沢な5群6枚構成で最短も45cmまでしっかり寄れる。僕が大好きなレンズ。

さて、Dfシルバーの後輩カメラマンがフィルム一眼レフを欲しいと言うから、先日のNikon F3を引っ張り出したり、今回のFG-20も買ったのだ。
ついつい大好きなパンケーキレンズを先にいじってしまった。

今回の主役のNikon FG-20は、1980年に発売されたリトルニコンことEM三兄弟の末弟として1984年に発売された絞り優先AEとマニュアル露出の出来る小さく軽い一眼レフカメラだ。
愛称は「ライトニコン」絞り優先AEのみのEMより性能は上なのにさらに軽量化されている。

まずは大まかに外観を綺麗にして、新品電池を入れて明るいところから暗いところ、感度ダイヤルやシャッターダイヤルを回して正常に作動する事を確認。
ちゃんと変化し動いている。
次にレンズを付けて絞りを動かすと、あら?絞り値を露出計に伝達するリングの動きが渋い。マウント周辺をクリーニングしてドライ潤滑。よしよし、ちゃんと動くようになった。
次にミラーボックスと裏蓋のモルトプレンを交換。これをキチンとやらないとフィルムが光線引きしてしまう可能性がある。
古いモルトプレンを剥がして新しいモルトプレンを貼り付ける。
これで機能は完璧!
さて、仕上げに外観を綺麗にするか!
あら?エプロン部のネジが1本無いじゃん!俺はこの部分は触って無いから買う前から無かったんだね。
先日バラバラにした不動のMINOLTA α7000から外して保存した部品のストックから合うネジを探す。ちょっと頭が大きいけど首下はバッチリ!
これにて完成!

月末にCP+ 2017で後輩カメラマンと会うときに持って行こう。
この小さなフィルム一眼レフが、中性的美青年の後輩カメラマンにはよく似合うだろう。
ハッキリクッキリ顔の僕にはやはり武骨なF2やジウジアーロデザインのF3が似合うと思う。

Nikon FG-20。
1984年生まれのこの小さなカメラは、カメラよりさらに若いカメラマンの手によって、ふたたび素敵な作品を生み出すだろう。
これからの活躍が楽しみだ。





















2017.02.13 
カメラらしいデザインのカメラは?と尋ねられたら、僕は真っ先にニコンF3が思い浮かぶ。
フォトグラファーnoBuです。



僕が所有する2台のNikon F3。

1台はシリアルが120から始まる極初期物、と言うか1980年3月製造のファーストロット。
もう1台は166から始まる1984年3月製造のいかにも中期物。
初期物は使用感がほぼ無く綺麗な物を買った。
中期物はかなり酷使された物を知り合いのカメラマンがスタジオを閉める時にいただいた。

中期物は完調。
しかし初期物はファインダー内の小さな液晶がときどき怪しい事があった。
昨日久々に触ってみたらシャッターも切れたり切れなかったり。

1980年デビューのF3は、F2までの完全機械式を放棄し、当時一眼レフカメラの主流になっていた電子制御を取り入れ、それまで赤色LEDなどで表示していたシャッター速度を最新式の7セグ液晶表示にするなど、頑固なニコンとしてはかなり挑戦的なカメラだった。
しかし、まだ完全に確立されて安定した技術では無かったそれらが仇となり、初期物ではそれらの新デバイスのトラブルが中期以降のモデルよりも多いと聞く。
もっとも、37年も昔の電子カメラが完全に動く方がレアケースとも言える。

初期と中期の違いは防水シールの追加やシャッターダイヤルのBの文字色や多重露光レバーの形状などいくつかあるのだけど、ファインダーが若干明るく見やすくなったのと、グリップゴムの質感変更は実際に使う上で気になる部分。

特に、グリップゴムについては、F3をデザインしたジョルジェット ジウジアーロの強い意向で、初期物にはメルセデスベンツのステアリングと同じウレタンが使われているらしい。
僕が実際に乗ったメルセデスのステアリングに、このグリップと同じ質感のステアリングは無いのだけれど、このような都市伝説が実しやかに囁かれているのも事実。
噂の真贋はさておき、僕はこの薄っすらと網目模様の入った初期物のグリップの触り心地の方が好き。
だから、せめてこのグリップだけでも使える中期物に移植する事にした。

ドライヤーで温めながらゆっくり丁寧にグリップを剥がすと、やはり初期物の方が丁寧な作りをしていた。
ボディのネジの上を隠すように薄い銅板を当てて、グリップ表面にネジ穴のシルエットが出無いようにしてある。

僕は使わなくなった機材からはストラップを外す。
僕個人の感覚として「引導を渡す」のだ。
この時の何とも言えぬさみしい気分。キーリングから合鍵を外すのに似ている。

カメラからオブジェになった初期物F3。今までありがとう。




ジウジアーロデザインのNikon F3。ニコンにジウジアーロを引き合わせたのは日本自動車評論家の巨匠で日本クラシックカメラクラブの代表でもある高島鎮雄さんだと言われている。



左上の7セグ液晶表示がほとんど消えている。



右側の薄っすらと網目模様が見える方がジウジアーロがこだわったメルセデスベンツのステアリングと同素材と言われる初期物のウレタングリップ。ちなみに、同素材のメルセデスベンツのステアリングを見た事は無い。真実はいかに?



右側の初期物はボディのネジ穴に当たる部分に極薄い銅板を当てて、グリップ表面にネジ穴の凹みが現れるのを防いでいる。これはNikon Fのアイレベルファインダーのグッタペルカの裏にされている処理と同じ。



まだ綺麗なだけに、貴重なファーストロットが不動になってしまったのは残念。


2017.02.08 
フォトグラファーなのにカメラネタばかり、これぞ本当のカメラマン!
フォトグラファーnoBuです。



昨年末にいつものカメラ屋さんで買ったKONICAMINOLTA α-7 DigitalのオマケでいただいてきたMINOLTA α7000。

1985年に世界初のオートフォーカスシステム一眼レフとして発売されたカメラ。
あまりに完成度の高いオートフォーカスシステムに嫉妬をしたアメリカのハネウェルしゃからイチャモン的な特許侵害訴訟を起こされて、これまた時代遅れな自国産業を守るのに必死だったアメリカの裁判所で不当な敗訴を言い渡され、ミノルタ迷走と落陽のきっかけを作ってしまったα7000。

電池室の錆や緑青を削り落として、加水分解でボロボロだったグリップをワニ革に貼り替えて、使えるようにはなったけど、気に入らない点が1つだけ。
前のオーナーが分解したのか、ペンタプリズム部分に瞬間接着剤の跡が、しかもズレたり割れたりしている。
で、今日はα7000の持病の液晶の液漏れとグリップの加水分解はあるけど、それ以外は使った形跡の無い輸出用のMAXXUM 7000を216円で入手。
つまり、海外輸出されて例の訴訟のきっかけとなってしまった悲運の名機!

最初は外装を既存のα7000に移植しようと思ったけど、どうやら既存のα7000から液晶を移植した方が早そう。外観はグリップの加水分解以外は本当に綺麗だし、外国かぶれの僕好みのMAXXUMだし。
で、役に立つのは小学生の頃にガチャガチャカプセルの景品の液晶デジタル時計を分解した経験。あの頃は液晶パネルの淵にある白黒シリコンゴムの意味なんかしらなかったけど、今はこれが超重要な部品だとわかる。

それにしても、軍幹部バラシてペンタプリズムの上を南禅寺の疎水橋のように左右に渡るギアの輪列は圧巻!こんなカメラ初めて見た!
で、肝心な液晶モニタ移植作業は15分で移植完了!
既存のα7000にはドナーになってもらってジャンク箱に保管。
216円のMAXXUM 7000にワニ革も移植して完璧!

さて、デジタルのα-7とフィルムのα7000あらためMAXXUM 7000を持って近々スナップ撮影に出かけよう!



ほら、瞬間接着剤の跡もあるし、クリア樹脂部が曲がってるし、割れてる。



左が今日216円で入手した輸出用MAXXUM 7000のお漏らし液晶、右が年末にもらったα7000の奇跡的に綺麗な液晶。ちなみに、日本人が大好きなプラスアルファと言う言葉は英語圏では通じないと知ってた?



MAXXUMですよ!



輸出用MAXXUMには国内版α7000には無いオートフォーカスを意味するAFの文字が誇らし気に!

2017.01.29